山本勘助の謎 実は嘘なのです

「 それって話をややこしくしちゃってない? 」

私は行きつけの鉄板焼き屋のマスターに言ったのでした。それでなくとも、山本勘助は実在していなかったのではないかと疑問視されているのに、関係者が嘘をついていたら話が複雑になるだけです。

 

富士宮市役所のサイトに紹介されている様に、富士宮市に山本勘助の出生の地があるとされています。

    

以前、NHKの大河ドラマ風林火山の調査チームが富士宮を訪れた時の事です。山本家の墓と言われている石を調査したそうです。年代測定をすると大正時代のものである事が分り、その墓は違うものだと判断されたのでした。つまり、山本勘助の出生は不明瞭になったというわけです。

 

実は墓は別の所にある。

 

どうして大切な史実を隠すかなぁ ・・・ と思ったのですが、代々と口止めされているのだとか。

 

マスターの話によると、山本勘助は、富士宮市で生まれたものの口減らしの為に他家に出されたらしいです。その家で嫡子が生まれたものだから、そこにもいられず、流浪の旅に出たと言います。それで故郷と結びつけるものが希薄になったのだと思われます。

 

さて、それでは、どこに山本家の墓があるのか?

歴史ファンならば、本当の話を知りたい所でしょう。探究するにはいいテーマだと思います。

    

詳しくはその鉄板焼き屋を訪ねるといいでしょう。

下の写真の手前はその時に私が食べた普通の焼きそば、奥が店の名物 ”富士山大噴火”という焼きそばです。焼きそばの上にキャベツの千切りがのっています。そしてマヨネーズがかかっています。

  

焼きそば

  

この”富士山大噴火”の焼きそばを手がかりに富士宮市内を探してはどうでしょうか?

山本勘助の謎を解く旅行、きっと面白い旅ができるでしょう。

 



 

 





 

at 2013/12/03
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